【この事業は終了しています。事業報告はこちら


事業の背景

NPO法人しゃがぁは、モンゴル国の草原に馬頭琴を届けようと、募金を募っています。
馬頭琴(モリンホール)はモンゴル民族に古くから伝わる弦楽器です。日本では「スーホの白い馬」が起源説話として広く知られています。馬の頭が上部に彫刻された本体に馬の尻尾を束ねた弦が二本張られていて、弓に張られた馬の尻尾でその弦をこすって音を出す楽器です。
モンゴルの民族楽器を、どうして日本人がわざわざ届けなければいけないのか?不思議に思う方も多いでしょう。
たとえば、日本の民族楽器と言えば、三味線やお琴ってことになるわけですが、だからといってどこの家にもあるわけではないですね?お習いごととして、ちょっと、おいそれと手を出せる楽器ではなくなっています。
モンゴルでは社会主義時代に馬頭琴が改良され、作り手が自由に、好き勝手に作っていた馬頭琴(時には馬の頭以外がついていた)が現在の形になり、弾き手それぞれが演奏方法で勝手気ままに弾いていたのが、標準演奏方法が作られるという歴史の中で、音楽の専門的な教育を受けて演奏者が産み出されていくようになりました。(内モンゴルにはまた独自の別の歴史があります)
そうすると、「お、この子は馬頭琴の才能があるぞ」となると、演奏者コースへ進みますが、そうでもなければ、馬頭琴に触れることもなく一生を終わるようになり、また、専門教育を受けずに馬頭琴を弾く人たちのことを、「在野の演奏家」として区別するようになりました。「在野の演奏家」は、「芸術に優れたる者」を意味するオランサイハンチと呼ばれはしますが、専門教育を受けた演奏家をメルゲジル(専門家)と呼ばれる人々よりも、格下のように扱うようになりました。
つまり、専門家だけが馬頭琴を弾くようになっていきました。それと同時に、かつては各家に一棹はあったと言われる、民族を代表する楽器であった馬頭琴は、一般家庭から姿を消し始めたのです。ただ遊ぶために馬頭琴を子供に買い与えるには、馬頭琴は高価なものになっています。とても買えない状況にあります。
その昔、誰もが勝手に弾いていた頃、身近にすごい演奏者も、普通の演奏者も色々な人たちがいて、それぞれが自分の楽しみの為、人を楽しませるため、に弾かれるものだったので、子供たちは、その演奏を身近に聴いて育ち、そんな中から、次の馬頭琴演奏者が生まれてくるものだったのですが、そういうことは、今ではとても稀なことになりました。
馬頭琴は舞台芸術へと発展し、そのおかげをもって、我々日本人をはじめ、世界中の人々が馬頭琴の音色を楽しむことができるようになりました。ところが、モンゴルの草原に住む遊牧民たちの家に馬頭琴があることが珍しくなってしまったのです。
わずかに残るオランサイハンチ(在野の演奏家)たちは、「おれぁ、楽譜も読めないからねぇ」とかと言いながら、その土地に伝わる様々な楽曲を弾き伝えてきてくれているのですが、そういうスタイルで弾くからこそのものがあり、聴くからこそ心に残る者があるのも事実です。
NPO法人しゃがぁでは、「遊牧の民の調べコンサート」でそういったオランサイハンチの方々のすごい演奏を日本に紹介してきました。が、ふと考えると、今のモンゴルの遊牧民たちのところに馬頭琴が無くなっているわけですから、この先、このようなすばらしいオランサイハンチが生まれてくる環境自体が無いということに気付いたわけです。
何が問題なのか?自由に遊べる馬頭琴がないことが問題なのではなかろうか?
そして、馬頭琴を届けよう!とにかく、手の届きやすい楽器にしよう!ということから、「ネルグイ馬頭琴基金」が作られました。
2008年当初、目標を馬頭琴10本を届けるとし、募金集め(現地のオランサイハンチDVDを販売するなどして)を始め、
2012年夏にはモンゴル国ドンドゴビ県ウルジート郡に馬頭琴を届けに行くツアーを催行、めでたく10本の馬頭琴7本を子供たちに、3本を土地の文化センター(馬頭琴教室を行っている)に寄付することが出来ました!
ツアーの様子はこちらで報告しています。
さて、これで「ネルグイ馬頭琴基金」プロジェクトは終了となりました・・・・。
ご協力くださった皆様、心より感謝申し上げます!


【2012年度:ネルグイ馬頭琴基金報告】

2012年8月7日、「馬頭琴を届けに陸路ゴビ砂漠を行く8日間」ツアー(風の旅行社主催)参加の日本人6名は、モンゴル国ドンドゴビ県ウルジート郡の文化センターでの、馬頭琴贈呈式に出席しました。
ネルグイ馬頭琴基金のシールの貼られた馬頭琴たちがステージ正面にずらっと並べられています。
前日、8/6夕方から何度も郡のマイクアナウンスで、贈呈式があるということをしていたので、曰く、「かなり人が集まった」ようでした。
式次第については事前に特に打ち合わせなどをしていなかったので、現地入りしてから文化センターのセンター長であるハドフー氏と基金の会長ネルグイ氏の二人と、本番直前に打ち合わせをしました。まぁ、そういう風にちゃっちゃと決めていけるのがモンゴルのいいところでもあります。
楽屋には、子供たちがそれぞれに衣装を身にまとい、わきゃわきゃと騒いでいました。2008年の馬頭琴基金発足当時、まだあどけない子供だった子たちが、立派な青年になっていました。「え?おまえ、あの時の?」ってびっくりする私に、彼らは屈託のない笑顔を向けてくれました。
さて、まずは歓迎演奏が行われました。
2008年の馬頭琴基金発足当時には、まだまだ下手くそだった子が、立派に馬頭琴を弾けるようになっていました。文化センターの馬頭琴を借りて練習を続けてきたそうです。
「馬頭琴を弾きたい!」という彼らの気持ちは、この4年間の間に、消え去ることもなく、ずっと、「いつか自分の馬頭琴を!」という強い気持ちとともに有り続けたことがとても嬉しかったです。
当初、子供たちの他に、地方の若者にもということだったのですが、その後、居住地域を変えてしまったり、所在が判らなくなってしまったので、今回届けた10本のうち7本は予定通りの子供たちに、そして3本は文化センターに寄贈することにしました。
地元の小学校には、少し前に別のどこぞから馬頭琴が数本贈呈されたらしく、音楽の授業で使う馬頭琴は、なんとかなるということだそうですが、文化センターには所有の馬頭琴が少なく、教室などを開くのが難しいという話を以前から聞いていたのです。
さて、まずはネルグイさんがナムスライ君に最初の一本目を手渡しました。
次いで、ツアー参加者の皆さん(ツアー代金に馬頭琴代が含まれていまして、参加者一人が馬頭琴一本を届けることになってます。参加いただければ、そのまま地域に貢献できることになっています!)が、一人ずつ手渡しました。
手渡すと、馬頭琴を受け取った子とその両親たちがでてきて、それぞれにお礼を手渡してくださいました。うーん、モノをもらってかえることになるとは思いませんでした・・・。なんか、恐縮。
そして最後に、私がセンター長のハドフー氏に3本の馬頭琴を手渡しました。あ、写真はありません・・・。人手不足でして。あ、私までお土産を頂いてしまいました・・・。
続いて、馬頭琴を贈呈されたみなさんが、ネルグイさんに感謝の意を表すといって、立派な銀のお椀にミルクをいれて手渡しました。それをネルグイさんは、日本からの参加者全員、馬頭琴を受け取った子供たち全員に少しずつ飲ませました。
よきものや喜びは出来るだけ沢山の人で分け合うというのが基本です。
余興で踊りがありましてー
日本側からもということで、日本人馬頭琴奏者2名がネルグイさんとセッションをやることになりました。
沢山の観客に恵まれた贈呈式でネルグイ氏はご満悦でした。